※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。

 北海道へと旅立つ当日。二人は各々羽田空港に向かい、飛行機に搭乗した。
 機内では別々の席に座ったが、紗良の座席からは静流の様子がよく見えた。静流は飛行機の小さな窓から食い入るように空を眺めていた。端正な横顔が何を思っているのか、推し量ることは難しい。
 濃い紺色の海と幾重にも連なる尾根。そして、いくつもの雲を抜けると飛行機は目的地である帯広空港に到着した。
 到着ロビーの前で静流と合流すると、レンタカーを借りに空港の外に向かう。

「寒いですね……」
「そうですね」

 帯広は六月だというのに肌寒く紗良は震えていた。東京では衣替えが終わり皆夏服を着ているのに、周囲を見回せば長袖どころか春用のコートを羽織っている人もいる。
 東京との気温差の目測を完全に誤ったと、紗良はひとり反省した。北海道への旅行自体が初めてなので仕方ない。
 薄手のカーディガン一枚で凍えている紗良の様子を見かねて、静流は自分が着ていた黒色のジャケットを脱いだ。

「着てください」
「いいんですか?」 
「風邪を引かれても困りますから」

 寒さに耐えられず紗良は手渡された静流のジャケットを着た。ぶかぶかで着丈は当然合わないが、袖を二回折り曲げるとなんとか着られた。心なしかいい匂いもする。
 紗良の震えがおさまったところで、レンタカーを借りてひとまず市街地に移動した。
 東京から帯広に移動したこの日は市内で一泊し、翌日に”十勝スマイル牧場”に向かう予定だった。

(どうか静流さんにとって良い結果となりますように……)

 紗良はその夜、祈りながらやや硬めのシングルベッドで眠りについた。
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