※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。
翌朝、ホテルのバイキングで朝食を済ませた二人はレンタカーで目的の”十勝スマイル牧場”に向かった。
”十勝スマイル牧場”は帯広市内からさらに東に百キロほどの位置にある。
順調に車を走らせれば一時間半ほどで到着する。カーナビに記されている目的地への距離が徐々に縮まるにつれて、助手席に座る紗良の不信感が高まっていく。
(本当に牧場なんてあるのかな……)
市街地を抜けると北海道の道路はどこまで行っても、道路か荒れ地で一向に代り映えしない景色が続く。牧場の存在を疑い始めたその時、目の前に大きな看板が見えてきた。
「あ!!あそこですね!!」
紗良の合図で静流がハンドルを左にきり、綱が四方に引かれただけの簡素な駐車場に車を停めた。
紗良は車から降りると入口の案内板の元へと張り切って走った。
「牛舎と売店までは少し歩くみたいです。行きましょう」
紗良は整備されていない砂利道の向こうを指さした。駐車場からは赤い屋根の大型建築物が見えた。あれが牛舎だろう。
売店と工房は牛舎からやや離れた西側にある。売店にはテラス席が設けられており、アイスクリームや飲むヨーグルトがその場で飲めるらしい。
紗良と静流はまず人がいるであろう売店の方角に向かった。
しかし、砂利道を半分ほど歩いたところで紗良の後ろを歩いていた静流の足がピタリと止まった。
「どうしました?」
「……やっぱり帰りましょう」
静流はあろうことか踵を返し、来た道を戻ろうとした。逃亡なんて静流らしくない暴挙である。