※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。
「ここまで来ておいて何を言っているんですか!?」
紗良は帰ろうとする静流の腕に抱き着いて必死になって食い止めた。片岡との再会がすぐ目の前まできておいて引き返すなんて絶対に嫌だった。
「私はここに来るべきではなかったんです……!!」
「ここで逃げたって何の解決にもなりませんよ!!一生片岡さんに会わないつもりですか!?」
そう言うと静流はうぐっと押し黙り、足を止めた。紗良が抱き着くのをやめても、静流はもう逃げだそうとはしなかった。
「何のために一緒に来たと思ってるんですか?半分背負うって約束したでしょう?」
「すみません……取り乱しました」
静流は眼鏡のフレームの位置を戻すと紗良に謝罪した。こんなに弱気で頼りない静流は初めてだった。
(怖いよね……)
輝かしい学歴があってどんなに仕事が出来て恵まれた容姿を持っていても、今の静流には何の意味も持たない。懸命にトラウマに向き合う姿はなんてちっぽけで愛おしいのだろう。
「さあ、行きましょうか」
紗良の掛け声で再び砂利道を歩き始めた二人の後ろから、一台の軽トラがやってくる。立ち止まり端に寄って道を譲ろうとすると、軽トラの速度が徐々に緩まっていき静流の真横で止まった。
運転席の窓から小麦色に焼けた肌の青年が顔を覗かせる。
「もしかして高遠か……?」
「片岡……」
探し求めていた旧友が突然目の前に現れ、静流は何を言うべきか適切な言葉を見つけられないでいた。何か言おうと口を開いたかと思えば、またゆっくり閉じる。何回か同じ動作を繰り返していると、片岡が先に静流に話しかけた。
「元気に……していたか?」
「……ああ」
怒るでもなく憎むでもなく静かに尋ねるその様子に紗良は変わらぬ友情を確かに感じとった。