※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。

「無責任な噂が色々と飛び交っているようですが、真実はそんなものですよ」
 
 静流はニコリと笑ったかと思えば、ドスの効いた張りのある低音で吐き捨てるように言った。

「同じ課の吉住くんは知っていると思いますが、私は妻のことを心の底から愛しています。軽率に妙な噂を流さぬよう、ここにいる全員頭の中に刻み込んでおいてください」

 噂の発端である吉住の同期達にヒヤリとしたものが背筋をつたったことだろう。温厚で人格者な課長で通っている静流だからこそ効果は抜群だった。
 釘を刺すと同時にやや大きめな声で語られた妻への愛情は、食堂にいる者全員に筒抜けだった。
 静流は全社会議のために満員になっていた食堂でとんでもない大立ち回りを演じたのだった。

「三船さん?どうしたの?」
「……なんでもありません!!」

 これが赤面せずにいられようか。紗良は木藤にバレぬように、こっそり額の汗を拭った。

(そういうことならあらかじめ言っておいてくださいよ!!)

 食堂での静流の大胆発言により、それ以降二人にまつわる不名誉な噂はピタリとやんだ。代わりに静流の妻についてさまざまな憶測が飛び交った。財閥令嬢だの、女優だの、料理研究家だとか。はたまた外人美女だとか……。

(……いや結局どちらも私のことなんだけどね)

 噂の当事者であることには変わりないが、それでも紗良にとって幾分か働きやすくなったことは確かだった。
< 126 / 210 >

この作品をシェア

pagetop