※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。
「すみません。私が急に声を掛けたせいですね。掃除機持ってきます」
静流は納戸から掃除機を持ってきて、茶葉を綺麗に片付けてくれた。片付け終えたところで丁度出勤時間になってしまい、急いで身支度を整え紅茶も飲まずに出勤していった。
紗良は一人分の紅茶を淹れながら、がっくりと肩を落とした。朝から失態を演じたからではない。
食堂での大演説以来、どう静流に接していいのかわからなくなっている。
あんな大勢の前で愛していると言われ、どういう風に受け取ればいいのだろう。
今まで静流が紡ぐ架空の妻への愛の台詞や賛辞は社交辞令か過大評価だと思っていた。
ところが、静流の秘めた想いを知った今では意味合いが変わってくる。
あれが嘘でもお世辞でもなく、紛れもない本心だとしたら……?
(どうしたらいいのよ……!!)
泡を食っていくつもの醜態をさらす紗良とは対照的に静流はいつも通りの生活を送っている。
絶え間なく愛を囁くこともなく、突然寝込みを襲ってくることもない。返事は急がないと言った通り、気長に待つつもりらしい。
静流は紗良にはもったいないほど素敵な人だと思う。
だからこそ、なぜ紗良を好きになったのかが分からず、戸惑いは大きくなっていく。
(こんなこと、誰にも相談できないよ……)
紗良のため息は増えるばかりだった。