※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。
「こんばんわ」
「あれ、紗良ちゃん。平日に来るなんて珍しいね」
紗良はこの日、仕事帰りにスピカへとやってきた。静流は木藤と吉住と共に出張に出掛けているため、夕食は外で済ませてきた。
「急に弥生さんの淹れる紅茶が飲みたくなって来ちゃいました」
「カウンターでいい?」
「はい」
昼間とは打って変わり、夜のスピカは大人の社交場。照明を落とし、紅茶を楽しめるバーのようなシックな雰囲気になる。
「紗良ちゃんがカウンターに座っていると、初めてスピカに来た時のことを思い出すわね」
「あの時は弥生さんに大変お世話になりました」
紗良とスピカの出会いはほんの二年前のこと。
突然の雷雨で店先で雨宿りしていたところに弥生から声を掛けられたのだ。
もともと紅茶が好きだった紗良だが、スピカと弥生と出逢ったことで紅茶好きが加速し、自分もいつかはカフェを開きたいと思うようになった。
「また、何かあったの?」
『また』という言葉の頭につくのには理由がある。スピカに招き入れてもらったあの日、紗良は辛い別れを経験したばかりだった。
一杯の紅茶に救われたのは紗良も同じだ。弥生の淹れてくれた温かなゆずハチミツティーに涙し、洗いざらい吐き出した。
今思えばみっともなくて恥ずかしいことだけれど、あの時の紗良にはどうしても必要なことだった。