※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。

(この状況じゃ仕方ないか……)
 
 紗良は配膳に使うお盆を小脇に抱えながら店内に目をやった。スピカはいつにもまして騒々しかった。
 写真を撮る時のシャッター音。甲高い話し声や笑い声。ひっきりなしに開いては閉まる入口の扉。
 ミツコにも不快な思いをさせてしまったに違いない。紗良だっていつもの静寂が恋しいくらいだ。
 
「こんにちは、紗良さん。空いてますか?」
「あ、静流さん……」
 
 忙しさのせいで時間間隔がすっかり麻痺していたが、時計を見ればとっくに昼を過ぎていて約束した十四時になっていた。

「こちらのお席にどうぞ」

 紗良は片付けたばかりのカウンター席に静流を案内した。先ほどまでミツコが座っていた席だ。
 静流は宣言通り紅茶フロートを注文した。出来上がるのを待つ間、購入してきたばかりと思しき文庫本を開いていく。
 静流は家でも小難しいタイトルの本ばかり読んでいる。紗良は注文された紅茶フロートを作りながら、活字を追う眼鏡の奥の瞳をこっそり盗み見た。

「あははっ!!すごーい!!絶対映える!!」
「ねえ!!もっと撮ってよ!!」

 店内にひと際大きな笑い声が響き、俄かに頭が痛くなってくる。
 三十分ほど前に来店した大学生と思しき女性二人組のマナーはお世辞にも良いとは言いづらい。
 大抵のお客さんは紅茶フロートを礼儀正しく食べて帰ってくれるけれど、全員が全員そうとも限らない。
 紗良は苛立ちを押し隠すように、咳払いをした。
 
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