※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。
その夜、紗良はソファに座り、ぼんやりと宙を眺めていた。
良かれと思って考案したメニューが無用な混乱を招き、ミツコのような常連客にまで影響が波及している。
『紅茶フロートはしばらくお休みしましょうか』
事態を重く見た弥生は紅茶フロートを一旦メニューから取り下げた。仕方がないと思うのと同時に、悔しさもにじんでくる。
静流も巻き込んで、一生懸命レシピを考えたのに。くっそうSNSめ。余計なことを!
うーっと唸りながらその場で地団駄踏んでいると、皿洗いを終えた静流が紗良の隣にやってきた。
「落ち込んでいるんですか?」
「少しだけ……」
嘘をついたところでどうせすぐにわかってしまうのだからと正直に答える。そのくらい紗良の表情はふてくされていた。
「紗良さん、こちらにどうぞ」
静流は己の膝の上を叩いた。手を繋いだ後はハグでもしようというのだろうか。
紗良は恐る恐る膝の上に跨り、静流の肩に手を置いた。
男性らしい筋肉質な身体でぎゅうっと力強く抱きしめられる。
「どうですか?」
「温かいです……」
静流のつけている香水の甘い香りが鼻をくすぐる。自分とは異なる胸の鼓動を感じてうっとりと聞き入ってしまう。
こんな風に抱き合うのは初めてなのに、不思議とほっとできる温もりだった。
「にゃにゃ丸と比べて抱き心地はどうですか?」
「にゃにゃ丸?」
「我孫子さんの送別会の夜に、にゃにゃ丸と間違って抱きついたまま離してくれなかったのは紗良さんですよ」
いつぞやな大失態を思い出し、紗良は穴があったら即座に隠れたい気持ちになった。