※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。

 旅行に行くと約束した土曜の夜。
 スピカの勤務日ではあるが、この日は弥生に頼んで五時あがりにしてもらった。

「泊まりがけでデートなんて羨ましいっ。ふふっ。いってらっしゃい」

 弥生に熱烈に見送られた紗良はその足で駅へと向かい、路線をいくつか乗り換え新幹線に飛び乗った。静流は昼のうちにひと足先にレンタカーで出発していて、宿泊地の最寄りの駅で紗良をピックアップしていく予定だ。
 スピカを出て二時間ほどで目的の駅に到着すると、ロータリーには静流が運転するレンタカーが停まっていた。

「紗良さん、お仕事お疲れ様です」
「静流さんこそ、運転お疲れ様です」

 労いの挨拶を交わしつつ助手席に乗りこむと、まもなく車が発進していく。

「あれ?今日は指輪をしてないんですね」
「今日は恋人として泊まりにきたので、指輪は家に置いてきました」

 恋人だとはっきり言われるとなんだかくすぐったい。

(そっか……。今日は架空の妻の振りはしなくていいんだ……)

 目的の旅館は駅から車で三十分ほど走った場所にある。
 湖の畔にある高級旅館は五つ星評価のハイエンドホテルだ。上品な二階建ての木造建築は味があって、古式ゆかしい風情を醸し出していた。

「温泉なんて久し振りです」
「私もです」

 チェックインを済ませると、和洋折衷のモダンな和室に案内される。
 浴衣に揃いの羽織に着替えると、まずは遅めの夕食を取った。部屋食の夕食は季節の野菜や特産牛のステーキまでついた豪華なコース料理だった。
 食後には大浴場まで行き、露天風呂に浸かる。露天風呂からの景色は素晴らしく、四季折々の木々と自然の音が疲れた身体を癒してくれた。
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