再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~
「な……何の日!? 」
エントランスもエレベーターも、何なら通路歩くだけでビクビクしてたけど。
ドアを開けた途端、それが一瞬で消えてしまうほど、何よりも驚きが勝っていた。
「感想、それ? ったく、小鈴は。もうちょっとだけ、ムードちょうだい。お願い」
怒ってるふうでも、残念がってる様子もなく。
寧ろ楽しそうに言ってくれたけど、確かにそれは申し訳なかった。
少し暗がりの中の優しいライト、炎が揺れてる白いキャンドル、たくさんの、でも上品な組み合わせのブーケ。
広い、大きなベッド。
ムード出てますよ、と少しだけ主張するみたいに僅かに開いたカーテンの隙間。
きっと、もう少ししたら夜景も望めるんだろう。
「だ、だって……高かった……ん」
「はい、おしまい。……まったく。前もそんなこと言ってたよな」
そっと唇に親指を乗せられて、声にならず「あ」が漏れた。
だって。
「……そんなことない、か。ごめん、そうだよな。ありがと」
さっき塗ったばかりの口紅が、うっすらどころかしっかり律の指についた。
それを見て、なぜかすごくびっくりした顔をして、律の方が謝ってくれた。
デートだって意識したことにも、楽しみで準備したことにも。
ムードも何もない可愛いくない口にも、ドキドキしてるからこそロマンチックになりきれない天邪鬼なところにも。
「俺一人にはな。お前といる為なら、高くないよ」
あまりにお姫様扱いされてるみたいで、固まってしまうだけ。
確かに場所が違うだけで、律はいつも優しい。
吉井くんの言った「彼女を大切にしてるアピール」は、あくまで対外的なものだ。
吉井くんへの牽制もそうだけど、ああしておけば周囲も私に滅多なことはできなくなる。
もちろん、別に何もされてないんだけど、注目を集めている分、吉井くんもこの前みたいなことはできないだろう。
「何の日……ってこともないけどさ」
ほんのちょっとだけ重みを感じて、数歩ふらついてしまった。
「あ……ごめん」が。
後ろから、耳元で聞こえたから震えたの。
照れて、どこ見ていいか分からなくて俯けば、本当に緩く緩く、律の腕が支えるように私の首から鎖骨、肩まで抱いていた。
「俺が、お前といたい日」
体重をかけないように、そっと。
声はひたすら甘くて色っぽいのに、肩を包んだまま器用に届いた人差し指が頬を掠めるのは、どこかプラトニックにすら思える。
「そんなの、いつもだけど。冗談でも比喩でもなく、俺」
どうしてキスしてくれないんだろうって、不安になる。
愛情を疑いようがないのだから、ただ律が心配だった。
「お前がいないと、息が止まりそうになる……」
大袈裟なんて、笑えない。
それもある意味前戯の一部、絆す為のリップサービスやムードを盛り上げる為のクサイ台詞だとも思えない。
『アピール』
『パフォーマンス』
(私一人の時に、そうできない律が好き)
――キスすらできない。
流されることすら、意思の私にしてくれない律は。
彼女を大切にしてくれる、彼氏そのもの。