囚われのシンデレラーafter storyー
上野駅近くの喫茶店で、松澤さんを待っていた。近くにある大学で、この日特別講座をしているらしい。
そういうわけで、上野駅だ。
「――すみません、お待たせしました」
植原さんと私とで並んで座っていると、低くて異様に通る声が耳に届いた。
「いえ。お忙しい所、こちらこそありがとうございます」
その声と同時に植原さんが立ち上がったので、私も慌てて続き頭を下げる。その時目にした人は、想像していた以上に大きい人だった。
「植原さん、久しぶりだな。変わりないか」
「はい。おかげさまで。松澤さんのご活躍はよく耳にしていますよ」
二人の会話を直立不動で見守っている。
佳孝さんも背が高い。でも、松澤さんはそれ以上かもしれない。
ロシアで大きな男の人は見慣れているけれど、それにも負けないくらいにがっしりとした身体をしていた。目の前にすると、確かにその存在感には凄みがある。
「――それで」
植原さんが私の方に視線を向けた。
「こちらが、今度お世話になります、進藤さんです」
「初めまして。進藤あずさです。よろしくお願い致します」
身体を松澤さんに向け、挨拶をする。
「――どうも、松澤です。よろしく」
その表情を変えることもなくそれだけ言うと、松澤さんは植原さんの正面に腰掛けた。
それに続いて、私と植原さんも席に着く。
「今日は、顔合わということで、進藤さんを紹介できればとこの席を設けさせていただきました」
異様に威圧感を与えて来るのは、松澤さんの身体の大きさとその鋭い眼光のせいだ。外へと向かって上昇線を描くしっかりとした眉毛と彫りの深い目が、とにかく怖い。
少しウエーブがかった長めの前髪が、真ん中から分けられていて、それが俯くたびに目にかかる。
植原さんに事前に聞いていた通りの雰囲気の人だった。
その恐ろしいほどに発せられている、世界で活躍している人のオーラに飲み込まれないように。とにかく、この人に食らいついて行かなければと、そのことしか頭になかった。
「彼女にとって初めての大きいお仕事ですから、厳しくも温かい目でご指導いただければ、ありがたいです」
植原さんの言葉で、松澤さんの視線がぎろりと私の方に向けられた。その視線に、反射的に緊張が身体に走る。
「私が想像していた印象と違うな」
「……え?」
私の顔を改めて見るなり、そんなことを口にした。
何がどう違うのか――。
何と答えればいいのかと逡巡している間に、話題は変わる。
「チャイコフスキー3位、おめでとう」
「あ、ありがとうございま――」
「だが、そんなことで君の実力を判断するつもりはない」
向こうから発せられたお祝いに返した言葉は、すぐさま遮られた。
「はっきり言って、コンクールの結果なんてクソみたいなものだろう? あんなもの、ただの老いぼれたちの権威を誇示するためにあるようなもので、バカバカしさ極まりない」
そんなことを言ってのける松澤さんを、呆気にとられてただ見つめる。
「君の本選の映像は見させてもらった。でも、実際の、生の音を聴かないと。音は生きている。ホールでの響きを、その音色を聴いてこそ判断できる。私は、この耳で聴いたものしか信じない」