囚われのシンデレラーafter storyー


「最高のチャイコフスキーを、一緒に作らせてください」

そう言って松澤さんに頭を下げた。

「私が指揮をするんだ。最高に決まっている。だから――」

松澤さんの目が一瞬、細められて。

「君は、君の思うままに」

自由にしていいと、そういうこと――?

その眼差しが、私を信頼していると言っているように思えて頷いた。


 聴衆からの拍手を浴びながら、松澤さんに続いて舞台中央へと進む。

眩いライトと、大ホールの奥行に一瞬足が竦む。まだ、大きなホールから与えられる緊張感に慣れない。

 松澤さんが指揮台に立ち、拍手が消える。これからの始まりを期待させる優雅なオケの旋律。

そして――。

松澤さんの指揮棒が私の方へと向けられ、視線を交わす。
構えたバイオリンから、私の音をホールに響かせた。

まだ抑えて。

本当は、自分の中で盛り上がり始めた感情を解き放ちたい。

でも、まだだ。もう少し。

その代り、細かな音の粒の隅々までに神経を張り巡らせて。一音たりとも粗末にしない。
すぐにも震えてしまいそうな想いを、冷静に客観視する。

松澤さんの厳しい指摘がこの指に叩き込まれて、それをそのままオケに載せる。

オケとぴたりと合う感覚が、これまでの比じゃない。もう意識しなくても、オケが私に重なる。私に寄り添うように包み込んでくれる。

オケの盛り上がりと共に、駆け上がる。

そして――。

指揮台に立つ松澤さんが私に視線を送る。その視線とその魔術師のような指が私に訴える。

――ここだ。解き放て。

リハで散々抑制させていた感情を、本番に解き放たせるなんて。溢れないわけがない。昂ぶらないでいられるわけがない。
レコードじゃない。コンサートは一瞬一瞬で音は消えて行く。
一発勝負。だからこそ。

すべては、この一瞬に、ソリストの最高の音を出させるためだった――。

音が溢れて感情が溢れる。
自分の音が膨れ上がって、色鮮やかに会場を一杯にしているのが分かる。
こんな感覚知らなかった。

身体と音が一体となって、キラキラに光る音を放出し続ける。

こんなにも最高に気持ちいい開放感を知らない。

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