囚われのシンデレラーafter storyー
最後の一音を弾き終えた時。一瞬生まれる静寂。
ふっと吐いた自分の息が宙を舞う。その時の自分は、確かに違う世界を見ていた。
これまでと違う自分が、そこに立っている気がして。あまりの興奮に呆然としていた。
わぁっと洪水のような拍手が沸き上がるのが耳に届く。
立ち尽くす自分の元に、松澤さんが降りて来た。差し出された手を握り、そしてその手が私を観客たちに向けて讃える。
「最高だった」
歓声の中で隣に立つ松澤さんが私に囁く。
最高の演奏が出来たんだ――。
夢見心地で舞台を立ち去り、控室へと戻った。
とりあえず、すとんと椅子に座る。そして、目の前のテーブルに手を投げ出し、大きく息を吐いた。
「――進藤さん」
そんなだらしない恰好をしていたところに、一人の女性から声を掛けられて、慌てて顔を上げる。
「どうでしたか? 松澤さんとのコンチェルト」
その人はオーケストラのバイオリン奏者だった。
「あ……はい。凄かったです。本当に、演奏している自分が感動してしまいました」
「そうでしょうね。でも――」
正直に伝えると、意味深な笑みを浮かべながら顔を近付けて来た。
「その高ぶりのまま彼に飲み込まれないことね。こちらが嵌まっても、決して彼は一緒には落ちてくれないから」
え――?
その顔を見ようとした時には、もう離れていた。
「あなたは、そんなに経験値なさそうだから女としての忠告です」
一方的に告げられて一人取り残された。
これが、植原さんの言っていたことだろうか。
『落ちない人がいると思う?』
その言葉を思い出して、心の中で一人笑ってしまう。
その話を聞いた時はピンと来なかったけれど、今なら分かるような気がする。確かに、こんな演奏させてもらえたら魂抜かれても不思議じゃない。舞台の上で、松澤さんの指揮者としての魅力をまざまざと思い知らされた。
なんだっけ。沼に嵌まって屍になるんだけ……。
でも。
以前の私も、新しい世界を見せてもらえた今でも、結局その世界には必ず佳孝さんがいる。私のバイオリンはいつだって佳孝さんへの想いとセットになっているのだ。
公演の後、受付の人が私に預かったという花束を持って来てくれた。
その中に、『細田』と名前の書かれたカードのある花束があった。
「細田さん……本当に来てくれたんだ」
”あずささん
今日の演奏があまりに素晴らしくて、涙脆くなった私は涙が止まらなくなってしまいました。
どうかこれからは、何があっても佳孝さんと二人寄り添い、今度こそ笑顔と共にあってください”
その言葉にじんとする。
私たちが辛い別れをしたことを知っている人だから。その言葉の重みに、胸に噛みしめる。