囚われのシンデレラーafter storyー
「……君は、結婚はしているのか?」
「いえ、していません」
そう答えると、松澤さんがグラスに残っていたワインを飲み干した。
そして、まるで感情が漏れ出すのを抑えられないかのように口を開いた。
「私は、結婚なんてする奴の気が知れないと思っていた。音楽以外のものを一生愛し続けるなんてこと出来る気がしなかったし、そんな労力があればすべて音楽に費やしたい」
「なんだか、松澤さんらしいですね。松澤さんにとって、音楽の上位に来るものなんてなさそうです」
その鋭い眼差しは、音楽を追及することにしか向けられないような気がする。
「そうさ。恋愛だって、抱きたいと思えた女とその時を楽しめればいいし、その刹那的な感情さえも音楽に生かそうと思うくらいだ。そんな自分を知っているから、決して自分から女を誘ったりしなかった」
そんなことを正直に言ってしまうところも松澤さんらしいと思った。
「おかしいか?」
「いえ。本当に音楽のために生まれて来た人なんだろうなと思います」
「君は――」
口元を緩めてそう言うと、どこか熱のこもったような目が私をじっと睨みつけて来た。
「バイオリンをひとたびおろせば、そんな風に柔らかく笑う。虚勢も駆け引きもなくただ自然に」
「松澤さん……?」
「つい数時間前に、あんなに鬼気迫るチャイコフスキーを弾いたというのに――」
「松澤さーん!」
そこに完全に酔っ払った植原さんが、声を張り上げて来た。
「ダメですよ~。うちの大切な新人を傷物にしちゃぁ。あなたがこれまで相手にしてきた、酸いも甘いも知り尽くした図太い女性じゃないんですから~」
「う、植原さん、何を言ってるんですか……っ!」
酔っているからって、何てことを言っているんだ――!
こういう時って酔っていない人間が焦る羽目にあうのだ。
「松澤さん、すみません。植原さん酔っていますから。許してください」
そんな爆弾発言を発した張本人は、既に隣にいる増田さんとアハハと笑い合っている。
「どうして君が謝るんだ」
「当の本人はあの様子ですから代わりに謝ってしまいました。それに、私、何も分からずに傷物にされるような若い女の子でもないですから」
誰かに守ってもらわなければ傷付くような年齢でもない。
「……本当に、君は不思議な女だ」
そうどこかひとり言のように吐き捨てると、空になったグラスにワインを注ぎ流し込むように飲んでいた。