囚われのシンデレラーafter storyー
「今日は、どうされたんですか?」
この日は、私一人がここで練習する予定になっていたはずだ。
「パリ公演の前に、指示を出しておきたいところがあって。君が今日はここで練習だと聞いたから来たんだ」
そう言って、松澤さんが私から少し離れた一つの椅子に腰かけた。
「オケと一緒の時では、時間がかかってしまうだろう? 他の人間まで待たせてしまうことになる」
「……確かにそうですね」
東京公演のリハでも、私のせいで、オケの皆さんの演奏を何度も止めることになった。
「東京公演と、少し変えたいんだ。少しアグレッシブに行きたい」
「分かりました」
それから、松澤さんは手元にスコア(※指揮者用のすべての楽器分の楽譜が書かれている総譜)を置き、私に指示を出して来た。
「――そこ。もう少しテンポを上げてみてくれ。ここで引き締めたいんだ」
「分かりました」
「それから、そこの音の連なり。シャープさがほしい。オケと合わせる前に修正して」
「はい」
休みなしのぶっ通しで、曲通してすべての指示を与えられた。
「……大丈夫か? すまなかった。つい夢中になって、休憩を取るのも忘れていた」
「いえ。大丈夫です」
バイオリンを肩から下ろし、額を拭った。
「少し、座っていろ」
そう言って部屋を出て行くと、松澤さんがペットボトルの水を持って戻って来た。
「ほら、飲め」
「す、すみません!」
松澤さんに飲み物を買って来させるなんて、何て恐れ多いことを――。
「いいから、気にせずに飲め」
「は、はい。じゃあ、いただきます」
私が飲む姿を確認して、松澤さんも椅子に座った。
広い部屋に二人、水を飲んでいる。
「この前も言ったが、ここの聴衆は厳しい。心して準備してくれ。特に今日の指示は、頭の中に叩き込め」
「分かりました」
水を片手に、自分の楽譜に忘れないうちにとメモを取る。
松澤さんと私との距離、だいたい1メートル。少しの無言の後、何かを振り切るような声がした。
「……昨日、一緒にいた男は恋人か?」
「げほ……っ!」
ちょうど口にしていた水を喉に詰まらせる。
「おい、どうした」
「い、いえ。すみません」
突然、そんなことを聞かれればむせもする。