囚われのシンデレラーafter storyー
「一度は手放した。あなたは、そういう判断をしたんだ。
なのに、彼女がコンクールで成功したと知ったらまた近づくとは。自分に地位や名誉がなくなったから、今度は彼女の地位に自分の失ったものを満たしたいのか」
挑発する言葉に、睨み返してしまっていた。
「自分のしていることが、大人の男としてみっともないことだとは思わないのですか?」
――みっともない。
抑えても抑えても湧きあがる怒りは、この男の言うことが正論だからか。
地位や名誉なんてものにこれっぽっちの欲もないが、結局俺がしていることの結論は同じだ。
きっと、松澤を睨むこの目は、恐ろしいほどに怒りに満ちたものになっていたのだろう。
感情的になっている自分に気付いたのか、松澤が咳ばらいをし「失礼、言葉が過ぎた」と謝罪した。
「……ただ、私が言いたいのは。進藤さんには、バイオリンの腕だけで世界に羽ばたいてほしいと思っている。また、そう出来る数少ない力を持っているバイオリニストだ。余計なことで彼女のバイオリンを汚されたくはない。私は、これまで自分が得て来た経験、力、人脈、すべてをかけて、進藤さんを育てたいと思っている」
その言葉に嘘はないのだろう。
でも、この男の心にあるのは、それだけじゃない。
初対面の人間に、こんなことまで感情的に口にする。目の前にいる松澤に、最初に見られた余裕払った姿は既になかった。
そこに本気の感情がなくて、何があると言う。
あずさを愛しているからこそ分かる。
この男の紛れもない本気がそこにある。
「――みっともない……ですか。そうですね。そうかもしれません」
自分の腹の中のすべての感情をどろどろに掻き回されるのを抑えるように、ふっと息を吐く。そして、そう言葉を漏らしていた。
「でも、仕方ないんです。自分がみっともなくなってしまうくらい、あずさを愛しているので」
その身体に真正面から向き合い、松澤を真っ直ぐに見据えた。
「松澤さんがおっしゃりたいことは、あずさと離れるべきだということなんだと思いますが、それは出来ません。あずさとの約束がありますから。彼女自らが俺をいらないと言う日が来るまで、離れるつもりはありません。ですから――」
この男に小さく頭を下げる。
「どうか、松澤さんには、音楽家としてあなたが見込んだあずさの才能を引き出すべく力を尽していただきたい。あずさのこと、よろしくお願いします」
そして、その男の横を立ち去る。
気付くと、指が手のひらに食い込むほどに力の限りで手を握りしめていた。