囚われのシンデレラーafter storyー
「事前に松澤さんにいろいろ指示をいただいていたから、彼の意図する演奏とぴったり合わせることも出来て。オケの方たちにもなんとかソリストとして認めてもらえた気がします」
その言葉に胸の奥が軋むのを隠し、あずさに笑みを向ける。
「そうか。それは良かった」
「東京でも松澤さんは凄いと思ったんですけど、ここに来て更に実感しました。東京と全然違うチャイコフスキーを作り出すんです。一体どれだけ引き出しがあるんだろうって驚きでした。それがまた私も、違う顔のチャイコフスキーを発見させてもらえて。いろんな表現を引き出される」
目を輝かせて、この日の光景をまさに今思い返しているかのように話すあずさに、決して表情を歪ませないように細心の注意を払う。
あずさの様子から、おそらく、あずさは松澤の好意に気付いていない。松澤も、あずさにはっきりと伝えていないということだ。
安堵する一方で、その事実が別の意味で俺の心を深く沈ませる。
あの男もプロだということだ。
大事な舞台、何よりも演奏に集中させ、最高の演奏をさせたいという配慮。
「……あずさは、彼を信頼しているんだな」
「はい! 凄い指揮者です。松澤さんのタクトで自分のバイオリンがどんどん変わって行くのを実感できる」
「そんな人と大きな舞台で共演することが出来て、良かったな」
そんな言葉を吐く自分が、心底卑しい。
「事務所には本当に感謝しています。それに、松澤さん。最初は、ただ恐ろしくて近付き難いって感じだったんですが、話をしてみたら、意外に面白いところもあって。緊張感と安心感が絶妙で、演奏者がよりいいパフォーマンスができる。そういうところが、世界中のオケの団員をまとめられる要因なんでしょうね」
あずさが、笑う。
あずさが、あの男を心から信頼し尊敬していることが分かる。
”あの男はあずさを一人の女として見ている。だから、注意しろ。あの男に近付くな”
そんなこと、言えるはずもない。
頭を小さく横に振る。
これから、あずさの今後を左右する大きな舞台を控えているというのに、それを壊すようなことをできるはずがない。
そうしないために、さっき、あの男の前で耐えたのだ。