囚われのシンデレラーafter storyー


「松澤さん、どうしたんですか?」
「――私は、必ずパリでの公演を成功させたいと思っている」

車内ではずっと押し黙っていたくせに、タクシーを停車させたまま車を降りてまで私に向きあう。その姿に少し戸惑いながら、松澤さんを見上げた。

「パリの聴衆、ひいては世界中の人たちに知らしめたい。この手で、君の持つ特別なものを最大限引き出して認めさせたいんだ」

うって変わって、情熱的な口調でそう口にする。

「私は、指揮者としての松澤さんに全幅の信頼をおいています。だからこそ、思う存分力を発揮させてもらえている。残り、パリ公演で全てを出し切れるよう、精一杯やります」

松澤さんのような世界で認められている人にそう言ってもらえることは、素直に嬉しい。

東京とパリ。その限られた舞台で、松澤さんの持つものを出来る限り吸収したいと思って来た。そして、今度は新たな場所で違うアプローチに出会って。
その時々に与えられた機会と本気で向き合うことで、いろんなものを積み重ねバイオリニストとして成長していけるのだと思う。

「そのためにも……今は、公演のことだけを考えろ」

"公演のことだけ"

その言葉に、何かが引っかかる。

「君にとって初めての大仕事だ。今は大事な時でもある」

公演のことだけを考えろ――その言葉の意図するところは何か。

体調を崩してしまったことを、言っている……?

「今日のことは本当に申し訳なかったと思っています。でも、中途半端な気持ちでやっているわけでは決してないので、それだけは信じてください」
「私は、」

前髪から覗くその目が何かを訴えるみたいに私をじっと見つめる。

「この先も君と――」
「え……?」

でも、それ以上の言葉を発しない。なのに、不意に松澤さんの手がおもむろに伸びて来て。思いもせず、その手のひらが私の顔へと近付き咄嗟に身構える。

すると、その手は触れる前にすぐに離れて行った。

「……いや。とにかく、今日はゆっくり休むんだ。分かったな」

素早く身を翻すと、松澤さんがタクシーの車内へと消える。

今の、何――?

タクシーが見えなくなっても、私の頭の中の疑問符は消えなかった。

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