囚われのシンデレラーafter storyー
「――ここは、公演の主催者の金で用意された部屋だ。俺がここに長居して誰かに見られたら印象も良くない。それに、あずさもゆっくり休めないだろう」
「え……っ」
分かってはいたけれど、あまりの切なさについ弱気な声を出してしまった。
「食べるものはいろいろ買って来たから、明日食べるといい」
私の傍へと来て、頭にぽんぽんと触れる。
「何かあったら、何時でも構わないから連絡するように。分かったか?」
「はい」
なんとか笑みを作るけれど、上手く笑えているかあまり自信はない。
「バイオリンのことも気になるとは思うけど、まずは体調を完全に戻すことから。様子を見ながら少しずつな?」
「はい」
「必要なものがあったら、それも連絡してくれ。仕事終わりに届けるから」
「はい」
私がまた倒れたりしないようにと、入浴を済ませてベッドに入るのを見届けてくれた。
ベッドに戻った私に、佳孝さんが上半身を近付けそっと抱きしめて。
「――公演が終われば何も気にせずゆっくり会える。その時、笑って会えることが何より大事だ」
「……はい」
佳孝さんの首に腕を回す。
「公演を終えて、あずさが俺のところに帰って来てくれるのを待っているから」
「はい」
私の肩に触れる手のひらに力が込められた。
だから。私も額を佳孝さんの額に合わせ、目を閉じた。
「私は、この公演のためにバイオリンにすべてを掛けて来ました」
パリに来るまで、佳孝さんに会うこともしなかった。
移動時間以外の起きている時間のほとんどを、バイオリンに費やして来たのだ。
思い返してみれば、この2か月、佳孝さんは『会いたい』とさえ言わなかった。多分、そうさせたのは私だ。
「今日一日体調を崩したくらいで揺らぐほど、生半可な練習はしてきていないつもりです。だから、私を信じて。パリ公演、絶対に佳孝さんを喜ばせてみせるから」
「ああ」
佳孝さんが私をきつく抱きしめてくれる。
コートの生地の感触が、ここに来てから佳孝さんはコートすら脱いでいなかったということを気付かせる。
「……もう、眠れそうか?」
「うん」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
佳孝さんの身体が離れて行って。
そして、ドアがぱたんと閉じる音がした。
一人になった途端、瞼に腕を置く。
どうして、今日、たちくらみなんか起こしてしまったんだろう。
どうして――。
唇を噛みしめ、込み上げる哀しみを押し止める。
お誕生日おめでとうって、それさえ言っていない――。
その事実に泣きたくなる。