囚われのシンデレラーafter storyー
結局、完全に乾くまで、西園寺さんはドライヤーを手放さなかった。
「ありがとうございました」
寝る支度をすべて終えて、寝室のベッドで向かい合いながら横たわる。
清潔な真っ白いシーツが冷たくて、火照った肌に気持ちいい。
西園寺さんの言っていた通り、ベッドに入るまで、一分一秒たりとも離れずにいた。
「あずさの髪、触り心地が良くて気持ち良かった」
その手が、私の髪を撫でる。
横たわる顔が間近にあって、こうして一緒に眠りにつくことができて本当に幸せだ。
「本当ですか? ロシアでは、よくお湯が出なくなるし、水は硬くて髪がパサパサになるんですよ? 少しでもトリートメントをサボったら見るも無残な状態です」
そう言って、苦笑する。
練習が追い込みの時期は、髪の手入れなんてサボりっぱなしで。シャンプーするのが精一杯という、女として酷いありさまだった。
「……そうか? そんな風には感じなかったけどな」
「今日は……ちゃんと、手入れをしてきたから……」
西園寺さんに会いに行く――そうなれば、手入れも念入りになる。
「俺に、会うから……とか?」
「そう、です。西園寺さんの前では、少しでも綺麗な自分でいたいって、思うから――」
「あずさ……」
その目が細められると、優しくその腕に抱き寄せられた。その胸元から、さっきのお風呂のいい匂いがする。
ゆっくりとリズムを刻むみたいに背中をポンポンと叩きながら、低い声で囁いた。
「お願いがあるんだ」
「お願い、ですか……?」
西園寺さんの胸から、顔をむくりと上げた。
「俺の、呼び方」
呼び方――。
頬から耳にかけて、優しく手のひらが包み込む。
「出会って10年も経ってしまって、今さらだが。名前で呼んでくれないかな」
あ――。
確かに、ずっと名字で呼んで来た。
付き合っていた時も、呼び方を変える前に別れてしまった。
結婚していた時は、あまりに歪な関係で呼び方をどうだなんて会話にすらならなかった。
「そ、そうですよね……」
でも、これまでずっと、"西園寺さん"と呼んで来て。
緊張しながら、その目を見る。
「名前、ですよね」
名前――。
「普通に、『佳孝』でいいよ」
西園寺さんがにこりと微笑む。
"佳孝"
そう呼ぶ自分を思い浮かべてみる。
「そ、それは、無理です!」
無理無理無理、絶対、無理――!
必死に訴える。