囚われのシンデレラーafter storyー
――結局、少しと言いながら、ルーティンの面白みのない音階練習のようなものまで、すべての時間を付き合わせてしまった。
「――なんだか、逆にすみません。西園寺さんの時間を奪ってしまいましたよね」
バイオリンを肩から下ろす。
「何を言ってるんだ。これが、どれだけ贅沢な時間か分からないのか?」
ずっと、ただバイオリンの音に耳を傾けていた西園寺さんが立ち上がった。
「……実は、最初、気軽な気持ちで聴いていいものかと少し思ってしまっていた」
西園寺さんが、複雑な表情で笑みを浮かべる。
「どうしてですか?」
「2年ぶりにあずさの演奏を聴いたのが、あの大舞台だった。ネットや雑誌で、あずさの記事を読んだりもした。だからかな。あずさはもう、立派なバイオリニストで、気軽な気持ちで聴いてはいけないような、そんな感覚になっていた」
そんなことを口にした。
「私は、あの頃と何も変わりません。私がバイオリニストだと言うなら、私をバイオリニストにしたのは西園寺さんです。バイオリンのことで、西園寺さんには遠慮したりしてほしくないです」
「あずさ……」
ふっと小さく息を吐くと、西園寺さんが私のそばへと近づいて来る。
「私の音が好きだって、そう言ってくれたこと。それが、ずっと私の支えだったから。今も同じ気持ちでいてくれたら、嬉しいんです」
「当然だ。俺はずっと、あずさのバイオリンのファンだよ。俺が言いたいのは、それだけあずさが成長したってことだ。俺にとっても嬉しいことなんだ」
私の真正面に立ち、微笑んだ。
「あずさの演奏には、いくらだって金を払いたいくらいくらいだ。それだけの価値がある。それが、プロになるってことだろ?」
「私がプロになっても、西園寺さんは永遠の特別枠ですから。一生、聴き放題です」
西園寺さんを真っ直ぐに見つめた。
「……本当に俺は、最高に幸せな人間だな」
その腕がふわりと私を抱きしめる。
「あずさの音を、独り占めできるなんて最高に贅沢だ。以前のあずさも凄いとは思っていたが、今ここで間近にして身体が震えた。磨かれて磨かれて到達したところにある絶品の音だ」
背中に手を回し、その胸に頬を寄せた。
「……今ここにいる私を作ったのは、あなたでしょ? これからも、ずっと、聴いていてくださいね。この2年、誰よりも聴いてほしいと思っていたのは、西園寺さんなんだから」
「あずさ……ありがとう」
――ありがとう。
腕に力を込めて、西園寺さんがもう一度そう囁いた。
それからスタジオを出て、空の明るさに思わず目を閉じる。
「まずは、クルーズに行こう」
西園寺さんが私の手を取った。
「クルーズ……。あっ、セーヌ川ですね?」
「正解」
西園寺さんとの、パリ巡りの始まりだ。