囚われのシンデレラーafter storyー


 セーヌ川をゆっくり走るクルーズ船には、たくさんの観光客が乗っていた。

「素敵ですね。同じヨーロッパでも、やっぱりモスクワとは雰囲気が違う。華やかです。あっ、エッフェル塔があんなに大きく見えます!」

心地よい風を受けながら、ついついはしゃいでしまう。非日常は、自分を解放してしまうのだ。

「後で、近くまで行こうか」
「はい!」

風が西園寺さんの髪も、シャツの襟も揺らしている。寄り添うようにそばに立つ西園寺さんを見上げる。

「とりあえずこのクルーズに乗れば、有名どころの観光名所の位置が分かる。こうして乗っているだけで、次々に見られるからな。川から見る景色もいいだろ?」
「豪華すぎますよ。もったいないくらい」
「明日行く場所の予習にもなるからな。しっかり見ておいて」

私を見下ろす視線とぶつかった。

「あずさも芸術家だから。ルーブルにオルセー美術館には行こうと思ってる」
「モスクワでも美術館はよく行きました。音と絵は一見真逆にあるように思えるけど、『音色』と言うくらいですからね。色彩感覚なんか、とても参考になるんです」
「そうだろうな。あずさの演奏を聴いていると、多彩な色が音だけでなく映像としても頭に浮かぶよ」

楽しい――。

西園寺さんとこうして観光するのは二度目だけれど、あの時と全然違う。
心から楽しくて、心から嬉しくて。幸せだけを感じていられる。

「音楽に色彩感覚は大切だよな。フランスの印象主義なんかは特にそうだろ? ドビュッシーとか?」
「よくご存知ですね。当時のフランス絵画で生まれた印象派という人たちの手法と彼の表現方法に通づるものがあるって言われていて。まさにドビュッシーは印象主義の代表者ですよね。フランスの作曲家って他にもたくさんいますよね。ラヴェルにサンサーンス、それに――」

西園寺さんと目を見合わせて、同時に口にする。

「「フォーレ!」」

そして、笑った。

「西園寺さんの好きな曲。『夢のあとに』のフォーレもフランスの作曲家ですね」
「覚えていてくれたんだな……」

しみじみと口にすると、私の頬にかかるおくれ毛を指で耳にかけてくれた。

「せっかくフランスに来たんだ。作曲家たちの墓にも行ってみよう」
「ぜひ行きたいです。モスクワでもそうですけど、作曲家たちがどんな土地でどんな雰囲気の中でその曲を書いたのか。その根底に流れているものに近付きたい。それが、留学する意味の一つですよね。そんな機会を与えられた私は幸せだって思います」

そっと西園寺さんの手を握る。

「本当に、ありがとうございます」

西園寺さんは、ただじっと私を見つめその手を握り返してくれた。

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