囚われのシンデレラーafter storyー
ガラスの扉をノックする。
”今、よろしいですか?”
”どうぞ”
私の声で、その椅子がくるりとこちらを向いた。その姿に、勝手に胸が跳ねる。
ジャケットを着ていない。それどころか、ネクタイも首元のシャツも緩んで。
椅子に深く腰掛けたその姿は、どこか気怠い。
隙のない鉄壁な姿ではない、そのほんのわずかに崩れた姿に激しく動揺する。
”まだいたのか。何だ? 急ぎの案件か?”
相変わらずその声は冷たい。
“い、いえ。お疲れのようなので、コーヒーでもと思いまして“
緊張する。それは、いつもとは違う緊張だった。そのせいで日本語を使ってしまっていた。
コーヒーカップをデスクに置こうと、西園寺さんに近付いた時――。
胸に鋭いものが突き刺さったような衝撃が走る。
”――ありがとう。でも、今後はこういう気遣いは一切必要ない。自分のことはすべて自分でする。それに、仕事がないならさっさと帰ること。ここでは上司が残っているからと部下が残る必要はない”
いつもなら決して見ることのない、西園寺さんの首元から鎖骨のあたり。
見えてしまった。
それは、多分……ううん、間違いない。薄くなっていはいるけど、キスマークだ。
”……西園寺さんは、何か急ぎのお仕事ですか”
上の空になりながら、頭の中では他のことを考えながら言葉を発する。
”先週、先送りにしていた仕事を片付けていた。もう帰るところだ”
目の前の人がすっと立ち上がる。
まくられた袖から見える、筋の通った腕に腕時計をくるんだ手がコーヒーの入った紙カップを手にして。
疲労の滲む姿が、さらに色気で溢れさせて――。
動けないでいる私の横で、西園寺さんはハンガーにかかったジャケットと鞄を手にしていた。
”他に何か?”
いかにも、もう出て行けとばかりの視線にたじろぐ。
”すみません”
その身体は、呆気なく私を残し立ち去った。
ほんの少しも他愛ない会話なんてさせてくれない。そのきっかけにしようとしたコーヒーすら何の意味もなさない。
でも――。
鋭い刺激が、私の中の何かを刺激した。
それは、間違いなく私を突き動かした。