春の欠片が雪に降る
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「なんや、今日は木下珍しく先帰ったんか?」
ここ数日、よく話しかけてくるようになった瀬古がほのりに言った。
「え? そうですね、多分」
注文書を作成し終え、息をつきながら答える。もう十九時だ。
「私もそろそろ帰ります」
パソコンを閉じながら付け加えると「おう、吉川よぉ」瀬古が、何やら歯切れ悪くほのりの隣の席に座る。
「なんかありました?」
残している仕事はないはずだし、瀬古から言われていた顧客リストの整理も終わった。
「木下はやめとけや」
突然の言葉にほのりは肩をピクリと動かす。
(……え? 何? 私そんなバレバレ?)
「あいつは、ええ奴やけど、お前にだけとちゃうし。前のんと別れてからちゃんと女も作らんしよ」
「いや、私そんなつもりはないです」
「ほらよ、辞めた松井っちゅー奴も。お前にすんのとおんなじように構ってよ、惚れさせて振ってやなぁ、辞めてよ」
瀬古は「いや、俺のせいもあんのはわかってるから睨むなや」と付け加えると、ほのりから視線を外した。
よく見ると瀬古の耳が赤い。
珍しくほのりにアドバイスなんてしたものだから、気恥ずかしいのだろう。
「……大丈夫ですよ。 八つも下の男の子にそんな気起きないし」
「そう見えんがな」
眉間に皺を寄せた瀬古は、あからさまに疑いの声を出す。
「もう恋愛なんてしたくないんで」
「それやったら、ええけどな」