春の欠片が雪に降る




***




「なんや、今日は木下珍しく先帰ったんか?」

 ここ数日、よく話しかけてくるようになった瀬古がほのりに言った。

「え? そうですね、多分」

 注文書を作成し終え、息をつきながら答える。もう十九時だ。
 
「私もそろそろ帰ります」

 パソコンを閉じながら付け加えると「おう、吉川よぉ」瀬古が、何やら歯切れ悪くほのりの隣の席に座る。

「なんかありました?」

 残している仕事はないはずだし、瀬古から言われていた顧客リストの整理も終わった。

「木下はやめとけや」

 突然の言葉にほのりは肩をピクリと動かす。

(……え? 何? 私そんなバレバレ?)

「あいつは、ええ奴やけど、お前にだけとちゃうし。前のんと別れてからちゃんと女も作らんしよ」

「いや、私そんなつもりはないです」

「ほらよ、辞めた松井っちゅー奴も。お前にすんのとおんなじように構ってよ、惚れさせて振ってやなぁ、辞めてよ」

 瀬古は「いや、俺のせいもあんのはわかってるから睨むなや」と付け加えると、ほのりから視線を外した。

 よく見ると瀬古の耳が赤い。
 珍しくほのりにアドバイスなんてしたものだから、気恥ずかしいのだろう。

「……大丈夫ですよ。 八つも下の男の子にそんな気起きないし」

「そう見えんがな」

 眉間に皺を寄せた瀬古は、あからさまに疑いの声を出す。

「もう恋愛なんてしたくないんで」

「それやったら、ええけどな」
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