春の欠片が雪に降る
「すみません、社長。そろそろ私……」
「なんでや、もうあかん?」
相沢はチラリと腕時計に目をやった。
時刻は二十時だ。
確かにいい大人が退散するには"もう"と表現されてしまう時間帯だろう。
「申し訳ありません。明日も出社しなくちゃいけなくて」
「土日休みやろ、ほのりんとこ。大変やなぁ」
大嘘だ。
全く仕事に出る予定はない。
いや、きっと事務作業ばかりに追われて本来の業務に本腰を入れられていない時点で休日出勤はするべきなのかもしれない。
けれど、悲しいかな。
もう若くはないので無理をしすぎると後々響く。
自分のキャパは過信しすぎないことだ。
「まぁ、そやったらしゃあないな」
「え」
これまでが強引だっただけにほのりは面食らってしまった。
あまりにもあっさりと相沢が引き下がったためだ。
「なんや、引き留めて欲しかったってか」
そんなほのりに気がついたのか相沢はニヤリと、口角を上げる。
「いえ。恥ずかしながらこういった席は不慣れなので。どんなふうに切り上げるのが正解なのかわからなくて、緊張していました」
「正直やなぁ」
ははは、と豪快に笑い声を上げた相沢は少しだけ残っていたビールを飲み干しグラスを空にした。