春の欠片が雪に降る


 曇った空に、浮かぶ顔に、胸が痛くなる。
 彼の一挙一動、一門一句にいちいち踊らされていたのは、出会った形のせいだけではない。

 最初からずっと惹かれていて。
 どの言葉も、優しさも、嬉しくて。
 突き放せなかった。
 今みたいに言えただろうに。
 突き放せた今この瞬間、言えなかった理由は結局ほのりの決意よの弱さ。

 ”職場の人間相手に、誤解を招く言い方はやめなさい”って。事務的な笑顔で笑えば、彼はきっと頭のいい人だ。

 適切な距離感を考え直してくれただろうに。

(しなかったのは……嬉しかったからだ)

 ぼんやりと歩いていると、ポツポツと雨が降り出した。
 夕方に見た天気予報のアプリには曇りマークしかなかったのに。

(もう恋愛なんかしないって……思ってるだけで)

 思わせぶりな態度の、その先が知りたかった。

「あーあ、もう。ダメだわ、こりゃ」

 そうやってほのりが呟くのを待っていたかのように、ザーっと雨脚が強くなる。

 道行く人々がざわざわと、雨を避けるために散らばっていく。しかしみんなが避けるその雨も心地よいくらい、この身体はアルコールによってふわふわと本来あるべき感覚を麻痺させている。

 いや、敢えてそうしたいのかも。

「……どうしよっかな」

「いや、とりあえず動いてくださいよ!」

 そう、声が聞こえたかと思ったら、突如雨が遮られた。
 見上げると、頭上に傘がある。
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