春の欠片が雪に降る


「めっちゃ濡れてるし! え、何で? 相沢社長は!?」

 その傘を持つ人物から、ほのりの頭を支配していた、その人の声がする。

「吉川さん、聞こえてます!?」

「……え、なんでいるの?」

「探してたからっすよ! あの人の行きそうな店何件か! 電話、全然繋がらんから」

(そういえば、スマホ……何回も鳴ってたな……)

「てか濡れすぎやろ……、とありあえず車! 吉川さんパーキングまで歩いてくれません? 大丈夫? いける?」

「なんで車……」

「あの社長、飲むってゆうたら急にフットワーク軽いから遠いとこも行くことあるんすよ。やから、一回帰って車乗ってきて」

「そっか」

 短く返すと、木下は屈んでほのりの顔を覗き込んだ。

「……大丈夫です? 顔、赤いけど結構飲みました?」

「弱いのよ、元々」

「やろうね。最初会ったときから思ってました」

「うん」

「泣いてんのか、雨なんかわからんのですけど……とりあえず一緒に来てくださいね」

 動き出そうとしないほのりに痺れを切らしたのだろうか。
 木下はほのりの手首を掴んで強引に歩き出した。

 金曜日の夜だからだろうか。
 行き交う人たちは多い。
 そんな中で、見つけ出して、今この手を引いてくれている人が彼だということ。

 そこに喜びを感じてしまっている自分に、ほのりは何となく負けを認めなければいけない気分に陥っていた。
 何に? と問えば、それは、一人強く生きていこうと決め込んだ過去の自分に対してだ。
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