春の欠片が雪に降る
会話らしい会話もなく、木下が歩くのをやめてほのりの腕を掴んでいたその手を離した。
俯いて手を引かれるままにいたなら、いつのまにかパーキングに到着していたようで。
「先、乗っててもらえます?」
そう言って、彼は車のドアを開けた。
雨で濡れてしまわないようにだろうか。一本しかない傘は当たり前のようにほのりの頭上だけを守っていて。
「……私、かなり濡れてるから」
座るの悪いよ。傘を軽く押し除け、そう続けて言おうとしたのだが。
木下はそれを全て聞き終わる前に半ば強引にほのりの身体を車内へと押しやった。
ほのりは罪悪感をひしひしと感じながらも木下の車の助手席に座ってみるけれど。
濡れた服がひやりと張り付いて気持ちが悪い。
「すいません、お待たせしました」
「あ、ううん……ごめん、なんか」
酔っているのと、緊張とで言葉が浮かんでこない。
パーキング代を支払い終えて戻ったのだろう木下はすぐにシートベルトを締めて、車のエンジンをかけた。