彼女はアンフレンドリーを演じている




 そんな時、退勤して会社を出たばかりの疲れ切った美琴に、優しく声をかけたのが――。



「……地獄から救い出してくれたのが、蒼太くんだった」
「え、蒼太……?」
「異動したら?って提案してくれて……」



 入社してやっと三年目を迎えた自分が、異動願なんて烏滸がましいと思っていた中。

 蒼太は何も気にしていない上にすごく前向きで、美琴は促されるまま企画部への異動願を提出すると、希望通りにあっさりと受理された。


 ただ同時に、社内恋愛の難しさとリスクを学び、同じ過ちを二度と繰り返さないと誓うことになり。
 今の部署での陰の名“無愛想の冴木”が形成される。



「俺、美琴がそんな状況に置かれていたなんて全然わかんなかった……」
「当たり前だよ、私がバレないようにしてたんだから」
「役者かよ」
「ふふ、劇団入れるかな」



 以前の部署では無理して明るく振る舞い、今の部署では無愛想を演じる自分は。
 役者という才能で例えられるほど素晴らしいものではなく、感情を殺して生きる、本当の自分を見失ったつまらない人間。

 それでも唯一、素に近い自分が出せていたのは、同期の遼と蒼太の前だけだった美琴。


 ただし、肝心の蒼太とは、もう……。



「遼くん……」
「ん?」
「最近、蒼太くんと話した?」
「いや? 美琴の方話す率高いだろ、同じフロアだし」



 そう返されて、だよねと控えめに微笑む美琴だったが、どこか物悲しい雰囲気も纏っていて遼を不安にさせる。

 はっきり聞いたわけではなくても、蒼太がどんな想いで美琴と接しているかを理解しているつもりだったから。



「蒼太となんかあった?」
「ううん、何もないよ」
「……」



 長屋との過去の関係を知らされたばかりで、さすがの遼もこれ以上美琴に何かを問うのを躊躇った。

 ただ、長屋と遭遇した時よりも、過去の話を振り返っている時よりも。
 最近の蒼太を尋ねた時の美琴が一番、表情に影が落ちていて寂しげだったから。



「じゃ、私は帰るね。付き合わせてごめん」
「いや俺が言い始めた事だし、悪かった」
「残業頑張って、お疲れ様」
「ありがと、お疲れ様……」



 そうして退出していった美琴を見送ると、腕を組んで考え込んだ遼は。

 翌日、初めて蒼太の下を訪ねる事に決めた。



< 60 / 131 >

この作品をシェア

pagetop