轍(わだち)〜その恋はお膳立てありき?
「何が食べたい?」

「タカシさんは?」

「君が食べたいものなら何でも」

“俺様からの〜王子様モードへ移行っていったい何なの?”

“馴れ合わない、と言ったはずではなかったのか?”

“舌の根も乾かぬうちに路線変更とか聞いてない”

等々、清乃は混乱する頭をなんとかフル回転させて冷静を装っていた。

さり気なく、手を差し伸べ、タカシは清乃をエスコートしようとしている。

ここは、高級ホテルの一角。

曲がりなりにも大手のIT系企業の末席を勤める清乃も、何度か仕事でこのホテルを使ったりしている。

それなりに顔見知りはいるし、今はラウンジの端に人斬り(秘書)も見張っている。

ここで、子供っぽく騒いで正体不明のタカシ氏に恥をかかせてもいけない。

恐らく、タカシ氏は、馴れ合うつもりはなくても、お見合いらしきものの体裁を整えてから解散するつもりでいるのだろう。

清乃は、働かない頭をそのように納得させることで、腑に落ちないタカシ氏の態度を理解しようとした。

もはや、繕っても仕方がない。

考えたら、清乃も朝食どころか、昨夜の夕飯も抜きだった。

開き直った清乃は、

「お金はあるので美味しい和牛が食べたいです」

と、胸を張って答えていた。

「それならお勧めの店がある」

代金フリースマイルを再び披露したタカシ氏は、人外の美しさを見せつけて、恐らく寝不足の清乃を殺しにかかっている。

“刺客はむしろこっちだったのか”

男らしい腕にエスコートされた清乃は、働かない頭を受け入れながら、なんとなく滋子のドヤ顔を思い浮かべて複雑な気持ちに陥っていた。

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