轍(わだち)〜その恋はお膳立てありき?
案内されたのは、先程二人がいた同じホテルの中にある、その年に日本一になった和牛を提供することもあるという一見様お断りの有名店であった。
ちなみに、もちろん清乃は一見様であり、難なく支配人に案内されたタカシ氏は、上お得意様であった、ことは想像通りであろう。
「お金持ちの島崎さん、君もこちらの店で良かっただろうか?」
からかうように微笑み、清乃のために椅子を引いてエスコートするタカシは、初めて会った時の俺様に戻ったのか、ウィットに富む王子様が本性なのか判断がつきかねるところだ。
「生憎、現金は持ち歩いていないので、カードかスマホ決済なら余裕で大丈夫です(たぶん)」
後半は、若干、尻すぼみになったが嘘ではない。
今回やり終えた仕事は大きなゲーム会社指導の元のプロジェクトだったし、それなりに報酬も良く、残業時間は制限ギリギリまで詰めたので、かなりの臨時収入になるはずだ。
ゲームやアニメ業界は、中にはブラックなところもあると聞くが、幸い、清乃が勤めている企業は比較的ホワイトだ。
二徹したと言っても、社内に休憩室や賄いもあるし、先輩たちや上司のフォローもある。
更に今回は滋子からの10万円もゲットできそうだし、躊躇うことはない、と清乃は胸をドンと叩いた。
「奢って貰って当然とは思わないんだな」
「何故ですか?この会合?は、そもそもそういうお約束で成り立っているものではないですし、ジェンダーフリーの点からも、そういった偏った思考は危険だと常々思っております。報酬には何らかの対価がいるものですよね?」
「君は相手が惚れた男でも同じことを言うのか?」
「ええ、惚れた男への報酬は、私からの愛情ですので、その人がお肉の代金を私からの愛情の対価だと答えるのなら、遠慮なくお受けしますとも」
ふふふ、と笑う清乃だったが、空腹と睡眠欲のピークで、いささかタカシへの遠慮がなくなっていることに気づいていない。
タカシへの緊張や、知らない人だという警戒心は、元々、滋子の知り合いというだけで、ないに等しいものではあったのだ。
『愛することはない』、『馴れ合うつもりはない』、と、初めに言われたからこそ、距離を置いて接していただけ。
相手が壁を壊すなら、清乃は躊躇わずにその壊れた壁を乗り越えていく、しかし、無遠慮に踏み込むことはない、そんなキャラクターであった。
すんなりと相手の懐に潜り込んでいくが、それを不快と思わせない、そんな暖かさが清乃にはある。
本人は無自覚だが、そのことは仕事にも人間関係にも、大いに好効果をもたらす。
そんなところを滋子に買われていたのだ。
タカシは、メニュー表を見ながら、笑顔を浮かべて楽しそうに話す清乃を見ながら、自然に口角を上げていた。
その様子を見て、いつも鉄壁の接客スマイルとマナーで対応する料理長が、驚きを隠しきれずにナプキンを落としそうになっていたことには気づくことはなかった。
ちなみに、もちろん清乃は一見様であり、難なく支配人に案内されたタカシ氏は、上お得意様であった、ことは想像通りであろう。
「お金持ちの島崎さん、君もこちらの店で良かっただろうか?」
からかうように微笑み、清乃のために椅子を引いてエスコートするタカシは、初めて会った時の俺様に戻ったのか、ウィットに富む王子様が本性なのか判断がつきかねるところだ。
「生憎、現金は持ち歩いていないので、カードかスマホ決済なら余裕で大丈夫です(たぶん)」
後半は、若干、尻すぼみになったが嘘ではない。
今回やり終えた仕事は大きなゲーム会社指導の元のプロジェクトだったし、それなりに報酬も良く、残業時間は制限ギリギリまで詰めたので、かなりの臨時収入になるはずだ。
ゲームやアニメ業界は、中にはブラックなところもあると聞くが、幸い、清乃が勤めている企業は比較的ホワイトだ。
二徹したと言っても、社内に休憩室や賄いもあるし、先輩たちや上司のフォローもある。
更に今回は滋子からの10万円もゲットできそうだし、躊躇うことはない、と清乃は胸をドンと叩いた。
「奢って貰って当然とは思わないんだな」
「何故ですか?この会合?は、そもそもそういうお約束で成り立っているものではないですし、ジェンダーフリーの点からも、そういった偏った思考は危険だと常々思っております。報酬には何らかの対価がいるものですよね?」
「君は相手が惚れた男でも同じことを言うのか?」
「ええ、惚れた男への報酬は、私からの愛情ですので、その人がお肉の代金を私からの愛情の対価だと答えるのなら、遠慮なくお受けしますとも」
ふふふ、と笑う清乃だったが、空腹と睡眠欲のピークで、いささかタカシへの遠慮がなくなっていることに気づいていない。
タカシへの緊張や、知らない人だという警戒心は、元々、滋子の知り合いというだけで、ないに等しいものではあったのだ。
『愛することはない』、『馴れ合うつもりはない』、と、初めに言われたからこそ、距離を置いて接していただけ。
相手が壁を壊すなら、清乃は躊躇わずにその壊れた壁を乗り越えていく、しかし、無遠慮に踏み込むことはない、そんなキャラクターであった。
すんなりと相手の懐に潜り込んでいくが、それを不快と思わせない、そんな暖かさが清乃にはある。
本人は無自覚だが、そのことは仕事にも人間関係にも、大いに好効果をもたらす。
そんなところを滋子に買われていたのだ。
タカシは、メニュー表を見ながら、笑顔を浮かべて楽しそうに話す清乃を見ながら、自然に口角を上げていた。
その様子を見て、いつも鉄壁の接客スマイルとマナーで対応する料理長が、驚きを隠しきれずにナプキンを落としそうになっていたことには気づくことはなかった。