御曹司は極秘出産した偽りの恋人を離さない

1 偽りの恋人

ランチタイムを過ぎたのどかな昼下がり。

さわやかな春風が吹くテラス席で、白鳥(しらとり)清都(きよと)部長は見つめていたパソコン画面からぱっと目を離した。

「森名(もりな)店長の月間売上報告書、すごく見やすいよ」
「本当ですか? ありがとうございます!」

初めての仕事を褒められて、先月店長になったばかりの私、森名映美(えみ)はホッと胸をなで下ろす。

ここは、複合商業施設一階にあるビアレストラン『プリズム』。
国内大手のビールメーカー、クリスタルビール株式会社の飲食店事業部が運営している。

1800年代末に白鳥麦酒醸造所として設立されたクリスタルビール株式会社は、その後他社との合併や社名変更を繰り返し、今や国内のビール類占有率は五十パーセントと日本一。

麦芽とホップを自社の生産地にこだわって栽培していて、ビールのほかにも飲料品や各種アルコール飲料、食品の製造販売、直営ビアレストランの運営、健康医薬品の研究販売など事業は幅広い。

七年前の大学入学時からアルバイトを始め、大学卒業後に社員となった私は現在二十五歳。
前店長、小橋(こはし)亜紀(あき)さんの退職にともないサブ店長から昇格した。

「今月は東日本工場限定醸造の生ビールを全店舗で推していく。それから本日の飲み比べセットに人気のフローズンビールも加わるので、売り出していこう」
「はい、わかりました」

白鳥部長の言葉に相槌をうちながら、私はノートにメモを取る。

うちは主要駅近くという立地的に、プリズム全五十店舗の中で最も集客力があり、予算も高い店舗だ。
近くに競合店もたくさんある中で、新規顧客開拓とリピーター獲得が最大の課題。

「ここは大学が近いから、SNSを使って若者へどんどん発信するのもいいと思う」
「そうですね、積極的にやってみます」

果たして自分に店長が務まるのか、不安でいっぱいだった。
そんな私を白鳥部長が気にかけ、こうしてときどき店舗に現れてはアドバイスをしてくれている。
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