月下の逢瀬
「はい。これでよかった?」


「あ。ありがとうございます」


冷たい缶を先生から受け取る。
横に腰掛けた先生は、あたしの視線の先にいた二人を見て、目を細めた。


「仲がよさそうだね。兄妹かな?」


「どうでしょうね。でも、楽しそう」


「椎名は、兄弟はいるの?」


かしゅ、と缶のタブを開けて、一口飲む。


「いえ。あたし、一人っ子なんです。先生は?」


「俺は、二つ年上の兄貴がいたよ。あんな風に、仲がよかったな」


「いた、って?」


過去形なのが気になって、聞いた。
コーヒーの缶を傾けていた先生は、水槽の前の子どもたちを見つめたまま、呟くようにして答えた。


「死んだんだ。もう、二年になる」


「……っ、すみません」


慌てて謝ると、先生は小さく笑った。
その笑顔は何だか寂しそうで、薄暗い水族館の中の僅かな光のせいか、泣きそうにも見えた。


「いや、構わないよ。
でも、だからなのかな。ああいうのは、懐かしく感じてしまう」


子どもたちは、小さな手を握りあって、次の水槽へと走って行った。
その幼い後ろ姿が見えなくなるまで、二人で見送った。


「あのくらいの時に、戻りたいな、と思う時がある」


ぽつり、とした言葉に、あたしは微かに頷いた。

戻りたい、あの時に。


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