転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「いいか紗良。この人でいいって思ったら、飛びっきりの笑顔を見せるんだぞ」
「え…」
「もうその世界一可愛い笑顔を隠す必要もないしな。お前が笑えば、相手も一発で堕ちるだろ」
さすがに言えなかった。私はこの縁談を断る前提でここに来ているなんて。
恐らく笑うことなんてないと思うけど、渋々「分かった」と返事をすれば、唯一私の心の声を知っている母は「お父さん、デザートも楽しみね」と話を逸らしてくれた。
それにしても、どうして夜にお見合いをすることになったのだろう。さっきから嫌な予感がして、エレベーターに乗った瞬間からどんどん脈が速くなっているのが分かる。
だって、レストランはホテルの最上階。てことは、恐らくあれがある。実家に帰ってから、私がずっと避けていたものが。
「──お父さん、お母さん」
エレベーターを降り、レストランに入ろうとしたふたりを呼び止めた私は、視線を泳がせながら口を開いた。
「ごめん、ちょっと御手洗に行ってくるから、先に入っててもらえる?」
嫌な予感は的中した。入口からでも見えてしまった。
レストランの奥、ガラス張りの壁一面に広がる、綺麗な夜景が。
どうしよう。ここに来て街を一望出来る夜景に足が竦んでしまう。逸生さんの部屋を思い出して、目頭が熱くなる。
「…分かったわ。紗良の好きなタイミングで入っておいでね」
私が緊張で足を止めたと思ったのか、母はそう言うと父の腕を掴んで「行きましょ」と微笑む。父は顔だけ振り返りながら不安げな瞳で私を見ていたけれど、そのまま何も言わず歩みを進めた。
ひとりきりになった途端、逸生さんとの思い出が鮮明に蘇ってきて、息が出来ないくらい胸が苦しくなる。耐えきれず近くにある大きな柱に背を預けると、そのままずるずるとその場にしゃがみ込んだ。