転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「あれ、でも松陰寺さんは…?百合子さんから婚約者は松陰寺さんになったと連絡があったのですが…」
「ああ、それね」
思い出したようにつぶやいた彼は「松陰寺さんの相手は誰なのか、ちゃんと聞いた?」と首を傾げた。
相手って、そんなの逸生さんに決まっているのに。よく分からない質問をしてくる彼にふるふると首を横に振ると、逸生さんは吹き出すように破顔した。
「百合子さん、肝心なこと伝えてねえじゃん」
「え?」
「それ、兄貴だよ。松陰寺さんの相手は兄貴になった」
え?!──思わず大きな声を上げてしまい、慌てて口を手で覆った。そんな私を見て、逸生さんはけらけらと笑っている。
「うそ、まさか副社長が…それはお互い納得の上で…?」
「うん。なんなら兄貴、松陰寺さんのこと好きだったらしくて」
「ええ…????」
目が点だ。整った顔が、今はマヌケになっているのが自分でも分かる。
「S社とは昔から関わりがあるから、当然松陰寺さんと接することも多いんだけど。兄貴はずっと気になってたみたいでさ」
「そ、そうなんですか…」
「夏頃に俺が松陰寺さんと食事に行ったの覚えてる?最初は彼女とふたりきりの予定だったのに、何故か兄貴も急遽一緒になって。その時は“助かった”くらいの気持ちでいたけど、今思えばそれも松陰寺さんに会いたかったからなのかなって」
「てことは、松陰寺さんが逸生さんの婚約者候補であることは…」
「嫌だったと思う。でも、想っているからこそ静かに見守っていたんだと思う。俺が会社を辞めるって言った時、兄貴に“ お前がその女を選んだことで、傷つく人間もいるんだぞ”って言われたんだ。きっと兄貴なりに、彼女を守ってたんだろうな」
兄貴は普段あんな感じだけど、実は情に厚い人間なんだよ。そう続けた彼は、目を優しく細め、グラスを口に運んだ。