恋の仕方、忘れました
何も言い返さない私を、主任は黙って見下ろす。
気まずい空気と沈黙に包まれた。
ちらりと時計を確認すると、もう間もなく始業時刻。
こんな所に二人きりで、しかもこんなに至近距離で一緒にいるところを誰かに見られたらかなりヤバい。
しかも相手はあの主任。彼のイメージが崩れること間違いなかった。
この主任を知っているのは私だけであってほしいという独占欲もあって、一刻も早くこの場から逃げ出したかった私は、「主任、そろそろ時間が」と口を開く。
しかしそれを制すように、不意に腕を掴まれて、反射的に身体がビクリと反応した。
主任に触れられたところが徐々に熱を帯びて、心臓が煩くなって、また昨日の出来事がフラッシュバックする。
家に帰ってからも何度も何度も思い出したあの熱が、また私を支配した。
「主任、ほんとに…っ」
どうにかこの手を離してほしくて、弱々しくも抵抗しようとするとすれば、ようやく彼は口を開いた。
「お前の答えは分かったわ」
「……え?」
「やっぱりクズ男が忘れられないんだろ?」
「…………」
なぜだか少し寂しそうにそう零す主任に返す言葉が見付からない。
そんなわけないのに、寧ろそうならもっと楽だったかもしれないのに。
伝えたくても伝えられないのは、とても苦しい。
私が黙ったままでいるからか、主任はそのまま続ける。
「クズの方が優しかった?」
「…………」
「やっぱり初めての奴の方が特別?」
「…………」
「……それともあれか、そのクズ男どうこうより、俺が無理だったってやつか。そうだよな、上司にこんな」
「そ、それは違います!そんなこと全くないし、無理どころか寧…ろ……………。あ、」
やってしまった。と気付いた時にはもう遅かった。
思わず本音を口にした私を見て、にやりと笑う主任と視線が絡む。
「ほら、やっぱり覚えてる」
主任の勝ち誇った顔を見て、終わった、と心の中で呟いた。