恋の仕方、忘れました
「おねーさん、こっち」
別に彼氏もいないし悪いことをしているわけじゃない。
もしかしたらこれで主任を吹っ切れるかもしれない、寧ろチャンスなんだ。
何度もそう言い聞かせるのに、一歩が踏み出せない。さっきまでの勢いはもう完全になくなっていた。
主任を忘れるどころか、この短時間でどんどん好きになってる気がする。
「恥ずかしがらなくていいのに」
痺れを切らしたイノケンさんがこっちに歩いてくる。
部屋が小さいせいか、あっという間に距離が縮まった。
躊躇なく伸びてくる手は、私の腕を掴もうとする。
それがやけに怖くて、気持ち悪くて。
「ご、ごめんなさい、先にシャワー失礼しますね!」
明らかにイノケンさんを避けるように後ずさったせいで、彼の手は空を切った。
感じ悪くてごめんなさいと心の中で謝りながら、バスルームのドアを急いで閉める。
ドアに背を預けたままその場にずるずるとしゃがみ込むと、ポケットからスマホを取り出した。
イノケンさんは決して悪くない。
でもやっぱり無理だ。
スマホを持つ手は小刻みに震えているし、無意識に涙まで流れてる。
視界がボヤける中で、スマホを弄る手は迷わず彼の名前を探していた。
その名前を見つけると、躊躇なく発信ボタンを押した。
『…やっと着いたのか。お前あれからどれだけ時間が経ったと思ってんだ。やっぱりあそこからアパートまで遠かったんじゃねーか』