紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど

　私の髪を撫でながら玲哉さんがささやく。
「帰ろう。俺たちの家に」
「ごめんなさい」
「謝るなよ」
「夕飯冷めちゃいましたね」
　ああ……と玲哉さんが笑う。
「レンジで温め直せばいいさ」
　でも、結局、その夕飯を食べることはなかった。
　帰りの車で私は眠ってしまっていた。
　目覚めたときは、すでに朝だった。
　工場地帯から立ち上る白い煙。
　その向こうに広がる東京湾。
　見慣れた風景がそこにはあった。
　また車からベッドまで運んでもらっちゃったんだ。
　私はベッドに腰掛けたまま、思い切り背伸びをした。
　――さてと。
　今日も薔薇園に行かなくっちゃ。
「おはよう。起きてたのか」
　玲哉さんがいつものように起こしに来てくれた。
「おはようございます」
「朝飯できてるぞ」
「はい、今行きます」
　朝からもりもりとおいしいお料理を食べ、いつもと同じルーティンで支度をし、いつもと同じお見送りで仕事に向かう。
　いつもと違うのはたった一つ。
　気まずくて目を合わせられないことだけだった。