紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
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それからまもなく正式にシンガポールの投資ファンドと出資契約が結ばれ、当面の倒産は回避された。
真宮家の出資比率は四十パーセントまで低下し、投資ファンドが送り込んできた新しい社長が就任して父は会長に退いたものの、イタリア滞在中の母からは異論はなかった。
真宮ホテルの伝統や格式は守られたまま、予約システムや顧客向けのベネフィットプログラムなどが世界水準に改められていった。
一連の経営改革の流れを受けて、私は引き続き真宮薔薇園の社長として再建に取り組めることになった。
すべてうまくいくように交渉してくれたのは玲哉さんだった。
改修工事は順調に進んでいた。
アスファルトのひび割れから雑草が生え放題だった遊歩道を広げ、舗装をやり直し、段差もなくしてバリアフリー化が完了した。
造花のフォトスポットも何度か花を入れ替えたり、今井さんが映画のセットみたいに家の窓だけを再現して、おしゃれなイングリッシュガーデン風の写真が撮れるようにしてみたところ、その写真を、『海外に行ってきました(笑)』と、SNSにのせるお年寄りもいた。
それを見たコスプレ愛好家から撮影場所として使わせてほしいと問い合わせが来るようになり、モニター客として招待することになった。
「ここってすごくいいですね。こういうところって、ありそうであんまりないんですよ。花が満開の季節って他のお客さんたちの邪魔になるからコスプレ撮影禁止ってところが多くて結構肩身が狭いんですよ」
人のいない薔薇園がこんなふうにもてはやされるなんて皮肉なものだ。
レイヤーさんたちが持ち込んでいた撮影機材を参考に、今井さんがアルミシートでレフ板を作ってみると言いだし、廃材で補強してキャスターで移動させられるようにした機材を無料で貸し出すようにしたら、芸能人みたいに肌が明るく写るとお年寄りにも好評だった。
コスプレ撮影に参加したインフルエンサーの写真がSNSでバズり、休園中にもかかわらず、薔薇園のフォロワーも急増していた。
雨の日に花柄の傘を貸し出すイベントもモニター客に好評だった。
傘を差した自分たちの写真だけでなく、前面に並べて撮った『#傘のお花畑』という記念写真も、思った以上に映えると話題になっていた。
雨の翌日、使った傘を南田さんに干してくれるようにお願いしておいたら、植え替えたばかりの薔薇の株に、広げた傘をかぶせて日に当てていた。
「えぇ、だめっすかぁ。そこら辺に並べておくだけだと、風で転がっていっちゃうんですよ。こうして差しておけば枝に引っかかってちょうどいいんすよね」
まあ、花も咲いてないんでいいんじゃないですか、と今井さんは苦笑していた。
でも、一面に傘を並べた風景がまたSNSにアップされ、幻想的な光景として話題を呼び、晴れの日にも傘の花畑で写真を撮るイベントがスタートした。
休園中なのにバズりまくる不思議な薔薇園としてネットニュースで話題になり、しまいにはテレビの取材も来るようになった。
朝の帯番組でリニューアルオープンの情報が取り上げられたり、お昼のワイドショーではタレントさんたちがコスプレ写真を撮っている様子を流したり、財界関係者に人気の経済番組からもオファーが来るようになった。
『再生なるか、作業服に着替えた令嬢社長の挑戦』
本当はもう車の免許を取っていたのに、原付バイクの方が絵になるからとヘルメットをかぶって寒い雨の日に走らされたり、演出が大げさで照れくさかったけど、オンエアがリニューアルオープンに間に合って反響は大きかった。
「俺の方が先に出演オファーが来ると思ってたんだけどな」
玲哉さんはちょっと拗ねていたけど、あれ以来、私には普通に接してくれる。
だけど私の方はまだ目を合わせられずにいた。
忙しさを言い訳にしてちゃんと向き合えていない。
ベッドの上で愛されているときも、不意にそのことを気にして、演技をしてしまう自分がいた。