紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
 玲哉さんが大きな歩幅で歩き出す。
「先に行ってるぞ」
 もう、新婦を置いていかないで。
 ちょっとぐらい優しくしてくれてもいいじゃない。
 薔薇の花を背景にお姫様みたいに抱っこしてとは言わないから。
 と、文句も言いたいけど、あまりの状況に、さすがの私も浮かれたことを言う気にもならなかった。
 薔薇も咲いてないみたいだし。
 経営をなんとかしなくちゃとは思うけど、そもそも、こんな状態でまだ潰れてないのが信じられない。
「本当にやってるんでしょうか」
 玲哉さんに追いついて聞いてみたところで、肩をすくめるばかりだ。
 薔薇園入り口には案内所の小屋がある。
 薄桃色というよりは、ピンクのペンキが色あせた感じで、窓は磨りガラスかと思ったら、埃で汚れているのだった。
 チケットの券売機があるのに、ガムテープがバツ印に貼られていて、入場料は無料だった。
「あれだけ強気な駐車料金を払ってるんだ。これで入場料まで取られたら訴訟ものだろ」
 今まで来ていたときは身内としてだから、何も気にしなかったけど、お客さんとして来てたら、入る前から後悔してただろうな。
「口コミ評価2.7でも、まだましな方ですね」
「2.3だ!」と、玲哉さんが声を張り上げる。「あ、いや、つい……、すまん。だが、正確な数字は経営の基本だからな」
 はい、気をつけます。
 入場ゲートには私と同じ年頃くらいの小麦色に日焼けした女性が立っていた。
「わぁ、お客さんですかぁ。いらっしゃぁい。どうぞぉ」
 名札に手書きの丸文字で『あかね』と書いてある。
「パンフとか、そこにあるんでぇ、いるなら持ってっていいっすよ」
 台の上に置かれた箱の中に無造作にパンフレットが積んである。
 満開の薔薇のアーチが表紙になっているけど、学校の図書室にあった昭和の図鑑みたいな写真だ。
「あー、この写真昔のっすかね。こんなに花咲いてないんですもん。マジ受けるっしょ」
 金色に染めた髪の毛をくしゃくしゃに揺らしながらあかねさんが笑う。
「我々は真宮家の関係者だ」と、玲哉さんが名刺を差し出した。
「え、誰?」と、受け取った名刺を見てあかねさんが首をかしげる。「これ、なんて読むんすか?」
「クリュウレイヤだ」
「マミヤじゃないじゃないっすか」
「真宮はこの人だ」と、玲哉さんが私を親指で指す。「私は薔薇園の調査に来た経営コンサルタントだ」
 ――あのぅ。
 私、もう久利生紗弥花なんですけど。
 あなたの大事な妻ですよ。
 話がややこしくなるから今は言わないけど。
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