先生の愛が激重すぎる件
 カルテを見ると、急性虫垂炎で手術をしたようだった。この手術は数日で退院になるはずなので、今日の夜勤以外では彼女を担当することもないだろう。

個室のドアをノックすると不機嫌そうな返事が返ってきた。

「失礼します」

 そう言って中へ入ると顔まですっぽりと布団をかぶっている。

「佐藤さん、夜勤の久保です。よろしくお願いします」

 聞こえてはいるようだが返事はなかった。

放っておいて欲しいのか、カマって欲しいのかよく分からないけれど、取りあえず今は次の患者さんの所へ向かおう。

踵を返す。するとしんと静まり返った部屋に、私のナースシューズがキュッと音を立てた。

「ねえ」

 足を踏み出そうとしたとき、ふいに呼び止められた。私は慌てて足を止める。

「正臣を呼んでくれる?」

「……はい?」

 誰のことを言っているのか分からなかった。私の返事に苛立ったように舌を打つ。

「分からないの? 私の主治医!」

 彼女の主治医はひとりしかいない。

「荒木、先生ですね?」

 言いながらモヤモヤが止まらない。どうして下の名前で呼ぶんだろう。なれなれしいにも程がある。

「どんなご用件ですか?」

 ただ呼べと言われても、理由は把握しておきたい。

緊急性があればナースコールでスタッフを呼び集めるし、もし痛み止めが欲しいとか傷口に異常があるとか別の理由であれば部屋に戻るときに必要なものを持ってこなければならないから――というのは建前で、本音は違うところにある。

『正臣』と呼んだことがどうも引っかかって、彼女患者だと言い聞かせても私情を挟まずにはいられなかった。

「なんなのあなた。いいから、早く呼んできて! 私が死んだらどう責任取るわけ?」

 ヒステリックにそう叫ぶ。
 
「……分かりました」

 私は急ぎ足で病室を出た。

彼女の声には張りがあるし元気そうでもあるし今すぐ死ぬことはないだろう。食事も再開し、痛みもコントロールできていると申し送りを受けていた。だからこそどんな用件で先生を呼びつけるのかが気になった。

「荒木先生、今よろしいですか?」

「どうした? 悪いけど手短に頼む」

 ナースステーションのカウンター越しに先生に声をかけるとパソコンに視線を向けたまま答えた。見るからに忙しそうだ。

「佐藤和美さんが呼んでます」

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