先生の愛が激重すぎる件
 医師として患者を見殺しにすることはできない。それは私だって一緒だ。医療者でなくても、だれだって苦しんでいる誰かを救いたいと思うだろう。

「明日美……」

 ほっと顔を緩ませる先生。分かりやすすぎてむかつく。でも、素直で馬鹿正直なところは嫌いじゃない。

「今回だけだからね。医者としての使命を果たしたってことで納得してあげる」

 物わかりのいい彼女になろうなんて気持ちなみじんもないけれど、先生の言い訳を聞いて別れを決断するほどの怒りは湧いてこなかった。

「明日美。分かってくれてありがとう」

 今にも抱き付いてきそうな先生を手で制して私は言った。

「でもね、正直にいうと元カノだから断れないってのもあるんじゃないかなって思ってる……だから次、また同じ事したら別れるから、分かった!?」

「もちろん、善処します! 明日美殿」

 先生は直立不動の姿勢で敬礼をする。この流れでおちゃらけてしまえるのってある意味天性の才能かもしれない。これ以上怒る気も失せるし、のっかってあげようって思えてしまう。

「よろしい」

 私が言うと先生は勢いよく抱き付いてくる。いや、とびかかってくるといった方がしっくりくる。まるで大型犬のようだ。

「明日美、ごめん。ほんとごめん。夜勤じゃなかったらこのまま家に連れて帰ってお詫びにいろんなことしてやりたい」

「いろんなことってどんなこと?」

 いいたいことはよくわかっているが、わざとらしく聞いてみる。

「そりゃ、あれだろ。あんなことからこんなことまで」

「あらそう。じゃあ、キッチンのレンジフードとお風呂の排水溝の掃除しておいてくれる?」

「……なんだって?」

 抱きしめていてた手を緩めて私の顔を覗き込んでくる。思っていた答えと違ったのだろう。

「なにか問題でも?」

 にっこりと微笑んで見せると先生もつられたように笑った。

「ああ。あはは、わかった。やっておくよ……」

「ありがとう。よろしくね! 正臣くん」

 チュッと頬にキスをして私から体を離した。先生は名残惜しそうにしている。

「そろそろ申し送りの時間だから行くね。遅刻だって怒られちゃう」

「ああ、そうだな。頑張ってこいよ」

 手を振りながら見送ってくれる先生に背を向けて、私はナースステーションへと戻った。


 それから数か月はなにごともなく平穏な日々が続いていた。
 
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