薙野清香の【平安・現世】回顧録
「まぁ、そっちが主な理由だが、仕事に必要だから……という事情もある」

「仕事?」


 それは清香にとって、全く意外な言葉だった。


(この男に、東條さまのこと以外で仕事が与えられていたとは!)



 考えが顔に出ていたのだろうか。崇臣は清香の顔を見ながら、渋い表情を浮かべた。


「普段俺は東條家の内向きの仕事を任されている。ただ、主の父親が経営する会社にも籍を置いているからな。必要に応じて、社の事務仕事を行っているのだ。最優先事項は主のことだが」

「……つまり、東條さんが学校に行ってる間に他のことをやってるわけね」


 確認するかのように、清香はそう口にすると、崇臣はコクリと頷いた。 


(なるほど、それなら理解できなくもない)


 清香はモニターに表示された印刷に関する説明書きを読みながら、薄っすらと笑った。

 崇臣という男は昔からこうだった。蔵人の頭……中将という若手の出世頭にあって、彼はそれ以上の地位を望まなかった。それは貴族としては特異なことで。当然周りの同僚や東條からも疑問の声が上がっていた。けれど崇臣は、東條の側にいるためだと、頑なに他のポジションを固辞したのだ。

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