薙野清香の【平安・現世】回顧録
「遅くなってごめん。崇臣の支度に、思ったより時間が掛かったんだ」


 東條がそう言って、後ろに佇む崇臣を顧みた。

 今日の崇臣は、いつも着ている時代錯誤の狩衣ではない。
 襟付きの黒いシャツと、ブラックジーンズに身を包んだその姿は、無駄に見た目が良いだけの、普通の青年だった。無駄なく鍛えられた、スラリと細い身体のラインや半袖から覗く筋張った腕は、男を感じさせる。ゆったりとした狩衣の上からでは分からなかった部分だ。


「準備って?」


 そう問いかけるのは芹香だ。話題の中心崇臣ではなく、清香の方をチラチラ見ながら、楽しそうに笑っている。


「うん、崇臣の奴、洋服を着なくなってもう長いからさ。少し手間取ったんだよ」


 東條の返答に芹香が小さく笑い声を漏らす。


(崇臣の奴、着方を忘れるレベルで洋服を着てなかったのか)


 清香もこっそり笑いながら、憮然とした表情のままの崇臣を見上げた。崇臣は清香の視線に気づくと、ニヤリと得意げに笑う。清香の心臓が小さく跳ねた。

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