好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
 窓を開け、夜風に当たってみるものの、ちっとも怒りが収まりそうにない。
 アリスの婚約が決まった夜とは全く別の意味で、レヴィは眠れそうになかった。


(お嬢様……)


 こんなことになるぐらいなら、あのとき、アリスを攫ってしまえば良かった。

 彼女とともに街を出て、二人のことを誰も知らない遠い土地へ行き、慎ましく暮していく――――そうすれば、アリスはこんなふうに悲しまなかっただろう。苦しまなかっただろう。
 そう思うと、レヴィは後悔してもしきれない。
 本当に、自分が不甲斐なくてたまらなかった。


(私はただ、お嬢様に幸せになっていただきたかっただけなのに)


 どうしてそんな、ささやかで当たり前の願いが叶わないのだろう?

 レヴィは本当に、アリスに幸せになってほしかった。――――幸せになれると思っていた。

 誰よりも、何よりも。世界で一番幸せになって欲しいと願っていた。
 それなのに。


 そのとき、扉から今にも消え入りそうなほど小さな音が聞こえてきた。ともすれば聞き間違いかと思うほど小さな音だというのに、レヴィの耳に、心に、やけに強く響く。


「レヴィ、私よ」


 あの夜よりもずっとか細く、弱々しい声音。
 レヴィは驚きに目を見開く。


「アリスお嬢様……」


 レヴィの心臓がまた、ドクンドクンと大きく跳ねた。
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