おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜
香月の父は駅を挟んだ反対側の地区にある聖蘭医科大学付属病院で、小児科部長を務めたこともある腕利きの小児科医だ。香月もクリニックで働き始める前は同じ大学病院に勤務していた。
この親子にかかればどんな小さな病の兆候も見逃さないと専らの評判だ。
君代以外の看護師も出勤し、着替えを済ませた八時四十分。
最後に院長である洋介がクリニックにやって来る。
「おはよう、千春ちゃん」
「おはようございます。洋介先生」
洋介に声を掛けられた千春は即座に立ち上がり、その場で一礼した。
洋介は笑顔が素敵なロマンスグレーだ。還暦を過ぎても衰えることのない甘いマスクと名俳優のような渋みのある落ち着いた声色は職員からは「癒される」と大変評判だ。若い頃はさぞやモテたことだろう。
その一方で、患者さんを優しく見つめる瞳の奥には、鷹のような鋭さがしばしば見られる。
八時五十分。千春は正面入口の自動ドアの鍵を開けた。
診察開始は九時だが、クリニックには早くも患者さんが押し寄せ、診療受付が開始される。患者がやってくると、待合室は一気に賑やかになった。
「ママー見てー!パオンマンがいるー!」
「こら、ちゃんと座っていなさい!」
「んぎゃー!」
「よーしよーし!いい子だからねー」
主訴を訴える患者以外にも必ず付き添いの保護者がいるのは小児科特有の光景だ。患者本人に説明能力がないんだから仕方ない。