おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜
診察が終わった最後の患者を見送ると、千春はカウンターの片づけをして、金庫の鍵を閉めた。
(なんかやりにくいなあ……)
まるで真田から監視されているようで、生きた心地がしない。
この時間帯、受付カウンターにいるのは千春ひとりきり。頼みの綱である由里は遡ること一時間前に退勤してしまった。
定期検診の時、廊下で香月を罵倒している場面に立ち会ってしまったことにより、気まずさは三割増しだ。
早く香月を呼びに行きたいところだが、電話中らしく診察室からはボソボソと話し声が聞こえてくる。
「あなた、本当に香月と結婚しているのよね?」
急に話しかけられ、千春はついビクッと肩を揺らした。真田は千春の左手の薬指を鋭い視線を向けていた。
「あ、はい……」
「交際ゼロ日婚って聞いているけど、本当かしら?」
「まあ……」
「まったく……。何年もただの幼馴染だったのにどういう手を使ったのかしら?」
香月と結婚したことを呆れているような、責めているような、そんな声色だった。
「まどろっこしいのは嫌だから率直に言うわね。香月が大学病院を辞めたのは貴女のためよ。そうでなければ、及川先生から腕を見込まれていた彼が辞めるはずがないわ」
「私の……ため?」
「香月の将来のことを考えるのなら貴女が大学病院に戻るように説得するべきなんじゃないかしら?」
なんと答えていいかわからず、千春は困ったように愛想笑いを浮かべるしかなかった。
(私のためって……どういう意味なの?)