おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜

「真田、いい加減にしろ」

 地を這うようなおどろおどろしい声が待合室に響いた。香月は真田と千春の間に割って入った。

「香月くん……」

 香月が本気で怒っているところを千春は初めて目撃していた。なにが香月の逆鱗に触れたというのだろう。

「ちぃに余計なことを言うな!」
「余計なことってどういう意味よ!私はあなたに大学病院へ戻ってきてもらいたいだけよ!」
「俺が大学病院を辞めたことと、ちぃは無関係だ!」

 香月は真田の手首を掴むと強引に腕を引き、クリニックの外へと連れ出そうとした。

「悪い、先に出る。鍵は父さんに預けてくれるか?」
「……わかった」

 扉が閉まると、待合室には静寂が訪れた。
 看護師たちが退勤し最後のひとりになった千春は正面入口と窓の施錠を確認し、職員用の出入口の鍵をかけた。

 その足でクリニックの正面入口とは反対側にある柳原夫婦が暮らす住居側の玄関に向かう。古めかしいブザーを押すと、洋介が現れた。

「どうしたの?千春ちゃん」
「これ、クリニックの鍵です」
「ありがとう。香月は?」
「真田さんと出かけていきました。今度の学会の打ち合わせをするそうで」
「ああ、打ち合わせは今日だったか」

 学会には洋介も出席する予定で、その日はクリニックも休診日となる。千春にとっては棚ぼたのようなラッキーな休みのはずなのに、今は素直に喜べない。

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