おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜
千春はタキシードのカタログを小脇に抱え、隣の家へと向かった。
玄関扉の前に立ちインターフォンを押すと、ほどなくして香月の母が顔を出した。
「あら、千春ちゃんいらっしゃい」
「こんばんわ、珠江おばさん」
「嫌だわ~。おばさんじゃなくて、お義母様と呼んでちょうだい!」
珠江は芝居がかった口調で高らかに笑うと、楽し気にバシバシと千春の肩を叩いた。
このいかにも愉快な人が香月の母であり、千春の姑である。
「我が子ながらこのまま一生ただの幼馴染でいるつもりかと思ったわよ。これで心置きなく、二人で黄金塚トークができるわね」
嫁姑の関係になる前も遠慮していたわけでもなかろうに……。千春は思わず苦笑した。
珠江こそが千春を黄金塚の沼に引き摺り込んだ張本人だった。
「ねえねえ、千春ちゃん。秋月組の『ライク・ア・バード』一緒に行かない?いつも一緒に行くお友達が今回は行けないらしくて……。私がチケットとるからさ、ね?」
「いいですよ。クリニックの休診日ならお供します」
「じゃあ、来月の……この日とこの日ならどっちがいい?」
「えーっと……。日曜はダメなんで、こっちの第二木曜日で」
「了解!」
スマホを覗き込んでいた二人はぐふふと笑い合った。歳が離れていても共通の趣味があれば気が合うものだ。
「香月なら自分の部屋にいるわよ」
「ありがとうございます」
千春は珠江にお礼を言うと、玄関で靴を脱ぎ階段を上った。同じハウスメーカーの建売住宅である千春の家と香月の家は、ほぼ同じ間取りである。
千春は自分と同じ廊下の最奥にある香月の部屋の扉をノックした。