敏腕秘書による幼なじみ社長への寵愛
駐車場の混み具合からして、なんだか嫌な予感はしていた。
車を降りて傘を差し、小走りでロビーに入る。少しの距離でも足もとはびちゃびちゃに濡れた。

フロントで受付している優介の後ろで、私は肩に付着した水滴を手で払う。
手続きを終えてこちらに近づいてくる優介は、いつもとなんら変わらない表情で、私にこう伝えた。

「ひと部屋しか取れなくて、すみません」

詫びるともつかない口調に、私は仰け反るほど驚いた。そのまま後ろに卒倒するんじゃないかと思えるほど。

「し、仕方ないわよね」

口周辺の筋肉が震える。
私は自分に言い聞かせるようにつぶやき、優介とエレベーターに向かった。

私たちと同じように、帰れなくなったブルームの関係者たちが押し寄せてきたのだろう。
ひと部屋だけでも取れたのは幸運だった。

エレベーターが上昇する間、心臓は忙しなく鳴り止まず、狭い空間だから優介にも聞こえているのではないかと心配になる。

朝まで同じ部屋で、優介とふたりきり……。

黙って前を見据える優介の横顔をちらりと見上げる。こんな状況でも平然としていた。

優介は、私とひとつ屋根の下に泊まること、なんとも思っていないんだろうな……。

「珠子さん、先にシャワーを浴びてきてください」

シングルベッドがふたつ置かれたシンプルな部屋に入る。
濡れたスーツのジャケットを脱いだ優介が、バスルームに私を案内した。

「うん」

平静を装ってうなずいて見せるも、心臓が早鐘を打っている。

洗面所を出て、ドアを閉めた優介はワイシャツまでびしょびしょだった。私にばかり傘を向けるからだ。

きっと寒いだろうな。
濡れたワイシャツが肌にぴったりとくっついて、隆々とした筋骨が浮き彫りになっていた。

「私、変態か……?」

顔中が熱くなってきた。

今朝だって、優介が部屋にいる状況で普通にシャワーを浴び、食事をした。
寝顔はこれまでにも飽きるほど見られてるし、ふたりきりの空間なんて日常的。

それなのに、いつもと違う状況を妙に意識してしまう。
心臓が痛いほど動悸がする中、私はなんとかシャワーを浴び終えた。

順番を待っている優介の体をこれ以上冷やすといけないので、慌てて髪を乾かす。
下着の上からバスローブを羽織り、急いで洗面所から出た。

「次、どうぞ」

優介は、テレビで流れる天気予報を見つめていた。
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